語りたいのは希望


 最近の私は2日に行われる京都市長選挙の事で頭が一杯。子どもたちからは「潤ちゃん福山さんの事ばっかり考えてる」と言われるのだけれど、本当だからしょうがないのです。

 私の出来る応援をしようと心に決め、家にポスターを貼ったり、ビラに本の紹介を書いたり、タウンミーティングに参加したり、アーサー・ビナードさんと福山さんの対談を企画したり、本屋で福山さんを交えての座談会を開いたり、京都の本屋さんに呼びかけをして「本屋からはじまる」を開いたり、フーコさんに声をかけて対談を動画発信したり、街頭でビラを配ったり、友人に声をかけたり…。

 思いつく限りの「出来る事」をやっている。とにかく居ても立っても居られない。そして後悔したくない。

 ありがたいのは麻子さんやトビラノさんが一緒に考えてくれて、参加してくれる事。

 たくさんのボランティアの方が市外から集まってくれていると聞き、新聞広告を打つ費用を募金で賄ったと聞きます。そこには政治資金とかいう言葉は感じられず、あるのはただただ福山さんを応援したいという願いのみ。

 こんなに人の気持ちを動かす選挙があるんでしょうか?そして動き出すととても楽しいのです。私たちが語りたいのは「未来への希望」で「勝ち負け」ではないのです。はじめの一歩が踏み出せそうな予感をはらみつつ。あと2日です。


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